奥三面遺跡群アチヤ平遺跡・環状配石と太陽暦


●総括





夏至の時の日の出方向

環状配石がカレンダーという仮定は、立ち石の位置と太陽暦サークルとの比較 、12枚の平石、天の北極と北極星のずれなどからある程度実証することができた。 縄文世界で太陽暦の必要性は十分にあったと考えられる。また、アチヤ平環状配石の 目的を考える上で合理的である。アチヤ平の景観---ほぼ 東南北に谷を配し、方向を容易に特定し、南中時の南天の星が見やすい 点、変化に富んだ東面が日の出の日にちを特定しやすくしている点---は、意図的に選定したものと思われる。このことはとりわ け天上の景観--太陽・星空・星空---を重要視していた証拠の一つと考えられる。 マヤ・チチェンイッツア、エジプトなどの多くの遺跡には、天体の観測施設が建造さ れている。季節を知ることは安定した定住生活を営む上で重要である。しかし、奥三 面では、特別な観測施設は必要なかったのである、自然景観を有効に利用 し、自然と共存しながら1000年以上の歴史を築いていたことを再認識する。


天の北方向には現在の呼び名で「シゲミ山」が位置する



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