奥三面遺跡群アチヤ平遺跡・環状配石と太陽暦


●日の出位置 -2


立ち石の位置と特定の日の出日を合成した図
夏至冬至線の真北との離角は西に4.5度---これは、夏至の頃の夜明けのこぐま座ベータ星の方向と一致

●環状配石の立ち石位置と、特定位置からの日の出日を示した太陽暦サークルを重ねる と上図になる。
●冬至の日を北に合わせると6位置で立ち石と日にちがほぼ一致する 。この場合、立ち石の間隔が重要である。すべての立ち石の配置が円周上にならんでいるわけではな い。これについては4000年の環境変化を詳しく調査したい。
●中心に何かあったか、又中心という概念があったかは不明である。夏至点と冬至点を 結んだ線は太陽暦サークルの中心を通らない。またそれぞれの位置は線対象でなく微妙 に偏っていることが分かる。これは、実際地球の公転軌道が楕円であることによって生 じる。北半球では春分から秋分の日数が秋分から春分までの日数より長くなるのであ る。 環状配石の立ち石の配置はこのことをよく示している。
●冬至の方向が北になっている根拠は今のところ不明である。
●夏至冬至線の方向が天の北極から4.5度ずれている。

●4.5度のずれは実際には小さな誤差とは考えにくい。そこで最も重要な日と考えら れる夏至の早朝の星空を再現した。当時は日の出を重要視していたことや、昔の生活 様式から、宵よりも早朝の星空を注目していたと仮定した。 その結果上図のように天の北極と当時の北極星の離角が西に4.5度であった。


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