「新潟星紀行」沼澤茂美


第28回 7/7

芭蕉の見た天の川




銀河半天にかかりて星の輝き冴えわたる


 「荒海や佐渡に横たふ天河」1689年松尾芭蕉が出雲崎で詠んだこのあまりにも有名な句は、星空を題材にした数少ない句の一つとして、鮮烈なイメージと共に私達の心にしみわたります。しかし、その内容は星を見るものにとって難解であると、かつて少なからぬ天文学者や、理系の有識者がその解明を試みました。
 実際、芭蕉がこの句を詠んだ8月18日(新暦に換算)頃は天の川が佐渡に近く輝くのは朝方であり、しかも、天の川は佐渡に突き刺すように垂直に見えます。このことから、彼らは、芭蕉は本当は星空を見ていないに違いない、名句は芭蕉の心眼によってイメージされたものだと結論したのです。
 数年前、芭蕉生誕300年という記念の年を迎え、多くの文献が書店を飾る時期がありました。そこで、荒海や〜の句と共に、芭蕉が残したとされる序文「銀河の序」に接し。私は、明解な答えを得たのです。
 それによれば、「日が沈んで月がほの暗く輝く頃に、天の川が半天(頭の真上)に輝き、星々がきらきらと冴えわたっていた」と。さらに、波が静かであったことも記されています。わたしは、その日の宵の時間をコンピューターで再現してみました。すると、まさに西の空には沈みかけた3日月が輝き、頭の真上付近には夏の天の川が日本海に平行に横たわっていました。
 他にも銀河の序は語っています。「朝廷に捕らえられ佐渡に流された政治犯のことを思うとかわいそうで腸がちぎれる思いがする--」と。これらの思いが、目の前に立ちはだかる日本海を荒海と表現させたのかもしれません。
 私も実際に出雲崎で向き、その地で佐渡島を望んでみました。佐渡と出雲崎の間にある海がまるで大河のように見えたのは、芭蕉も同じだったかもしれません。それが頭上の天の川に投影され、会うに会われぬ牽牛織女の七夕伝説とだぶったと考えるのは過ぎた詮索でしょうか。
   この句を思い出すとき、星空が人の心に与えた恩恵を感じることができます。人々の精神が周りの自然と融合し、豊かな感性を生み出していた時代に、学ぶことは少なくないようです。

(キャプション)
「芭蕉の心の情景」(1993年作品)船入りという独特のたたずまいを見せる出雲崎の家並みと共に再現、実際の天の川は、空高く輝く。



小説雪国の空逆さ星-水田に写る星頭上に輝く天の川中心芭蕉の見た天の川旧暦の七夕祭り失われる星空


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