赤外写真「Vol.1」制作に当たって

沼澤茂美



はじめに
もともと天体写真を生業としている私にとって、赤外光写真は以前より多大な興味を寄せるものであった。赤外写真の「夜景効果」は、青空を暗く落とし、夜のようなイメージを与える。それに星空を合成し、独自の世界をクリエートできないかと考えていた。
しかし、赤外写真にのめり込んでゆくにつれ、星空とはまったく関係を離れた「ネイチャーフォト」として、あるいはそれ以外の様々な対象で、赤外写真は多くの魅力に満ちあふれていた。一見非現実の世界ではあるが、そこには、目に見えない自然の躍動感が漂っている。


赤外写真概論
肉眼で見える光「可視光」は、400nm(ナノメートル=1/10オングストローム)〜650nm程度で、それより短波長が紫外光、長波長が赤外光である。700nm付近は肉眼でも濃い赤として識別可能で、800nm位からはほとんど肉眼では感じなくなる。赤外光の範囲は非情に広く波長800nm〜1100(1.1ミクロン)位の範囲を「近赤外」と読んで区別している。
私達が写真の対象とする範囲は、700〜1000nmほどと考えて良い。
赤外写真は次のような特徴を持つ画像をもたらす。
--*夜景効果---------青空は赤外線を吸収するので暗くなり夜景の雰囲気となる。雲は白い。また、川や海の水面も暗くなる。
--*雪景色効果------植物の若葉、若芽を中心に、多くの植物は赤外光で白く映るので、新雪をまとったかのようなイメージとなる。 
--*太陽光依存------太陽光の赤外線が最も強く反映されるので、影の部分が極端に暗くなる。曇りの日は極端にフラットな画像となる。
--*透過性------------波長が長くなると透過性が高くなるので、薄い、構造の荒い生地や、植物の葉などは透けて写る。もやも軽減され、風景山岳写真では、遠景のコントラストを増す。
赤外フィルムは、短波長にも感度を有する分光感度特性なので、赤外写真を撮影する場合は、赤色あるいは赤外用のシャープカットフィルターを併用する。赤外写真では、光の分散の度合いの違いからフォーカス位置が通常の位置より長くなるので、ピントリングをやや近距離に回して補正してやる必要がある。一般には、無限指標の横に赤外無限遠指標が刻印されているのでそこに合わせる。

使用できる感材は、
国内産ではKonica 赤外750があり、山岳写真家を中心に多くのユーザーをもつ。750nmに赤外ピークの感度を有し、フィルムの通常装填が可能な使いやすいフィルムである。フォーマットも135と120がある。赤外フィルムは極端に保存性が悪く、常温で1年が普通、それを越えると最高濃度の低下、コントラストの低下が進行する。もともとフラットなネガとなる赤外フィルムの特性を考えても、期限切れを使うことは避けたい。赤外写真は、植物の発芽新緑の頃にかけて3〜6月にほとんどが消費されるという。そのためコニカでは年間2月に一年分を出荷し、追加はしない。大量に使う場合は、出荷直後の期間にまとめて購入することをすすめる。
コダックの、ハイスピード・インフラレッドは、700nm〜900nm以上に感度を有し、眼視感度をはるかに凌ぐ、近赤外領域のほぼ全域をカバーしている。そのため、植物分布写真などの学術的用途に使用できる唯一のフィルムと言える。装填は完全暗室で行わなければならない。感度は高く、700nm程度のシャープカットフィルターを用いても、手持ち撮影ができる。そのかわり粒状性が極端に悪いので、現像には微粒子系現像液を用いて標準感度に仕上げるべきである。最高濃度はD2.0未満、ガンマは0.7程度と見るべきだ。
2000年までは4X5 インチのシートタイプも生産されていたが、同年のロットを最終として生産を完了した。したがって、大判の微粒子高解像度の真の赤外写真を求めるものにとっては辛い状況となった。私は、2000年中に60箱をアメリカから取り寄せてもらい。保存用にマイナス25度対応の冷凍庫を専用に用意して対応したが、いずれはフィルムの能力も劣化してくる。
イルフォードの新ラインナップSFX200は、最近ユーザーも増してきた。分光感度はスーパーパンクロに似ていて、フィルター無しではテクニカルパンに近い。740nmまでの分光特性のため、コニカの赤外よりは赤外よりは赤外効果は劣る。感度も十分で、120フォーマットもそろっているので、フィルターの有無で、万能に使える感がある。当然真の赤外写真の魅力にはまってしまったものにとっては魅力に乏しい。



波長による写りの違い(下の写真参照)
フィルターによる写りの違いを示した。フィルター無しでは空が白く、地面が暗いが、波長が長くなるにつれて逆転していることが分かる。
尚、この作例はフジのデジタルカメラS1-PROを用いた。
CCDは、本来赤外光に多くの感度があり、カラーフィルターと赤外カットフィルターで巧みに可視光をとらえている。しかし、ブロッキングされずに漏れてしまう赤外光があるので、露光は長くなるが十分に赤外イメージャーとして働く。ちなみに典型的なフルフレーム転送のCCDでは、600〜800nmに感度のピークがあり、900nmでも実用可能である。(画像をクリックすると拡大します)
右の図は、その部分拡大で、長波長側で解像度が低下する様子をしめした。これは、CCD直前に赤外カットフィルターとともに装備された「アンチエイリアスフィルター」の影響であると思われる。アンチエイリアスフィルターは単板式カラーイメージャーに発生する偽色やモワレを緩和するために、特定周波数より短い周波数成分をぼかす働きがある。

--波長による写りの違い------同拡大(解像度比較)



制作環境とプロセス
2000年はテヒニカに4X5のハイスピードインフラレッドを用いて、県内の各所を撮影した。しかし、現像を確定するのに手間取った。また、かぶり、現像ムラの影響を受けやすく、はなはだ使いにくい印象を受けた。トラブルなく仕上がったものは素晴らしく、作例では伝わりにくいかも知れないが、大伸ばしでの画質の差は歴然としている。
その後、上にも記したが、フジのS1-PROが赤外に良い特性があるのではと考え、テストするに至る。
S1-PROは、ハニカムCCDの開口効率の良さに加え、量子効率も高く、ノイズが特筆して少ない。それは、天体写真に大きく貢献しているが、赤外特性も良いものであった。当然、赤外には感じないように赤外カットフィルターを装備しているわけだが、リークした特性は十便と思われる。
意外なのは、分光特性よりも解像度低下であった。アンチエイリアスフィルターの影響と思われたが、メーカーへの問い合わせでは明確な回答が得られなかった。コダックの業務用デジタルカメラは、赤外カット、アンチエイリアス両フィルターともユーザーによる脱着が可能で、バックフォーカス変動の影響を受けない構造になっている。S1-PROは、両フィルターがCCD直前に接着されており、脱着は不可能。取り外した場合のバックフォーカスの移動は、ダミーガラスを装着して補正しなければならない。
下にS1-PROと、コニカ赤外との写りの差を示した。コニカ赤外のピークが750nm近辺であるのに対して、S1-PROはさらに長波長に感じ、より強い赤外効果を発揮している。

 


コニカIR750とデジタルカメラの違い

改造
結局S1-PROは、メーカーから「分解改造は好ましくない」といわれたにも限らず、改造した。
構造上赤外カット、アンチエイリアスフィルターは大変薄いため、はがすときに割れてしまい復元はできない。
しかし、取り去った後の赤外特性は特筆すべきものがある。
まず、赤外の解像度低下がなくなった。そして、当然ながら感度が向上した。
具体的には、晴天でSC-72フィルター(ほぼ黒い)を用い、F16--1/250が切れる。ほとんどが手持ちで撮れるということである。
掲載した作品は、改造前のものであるが、今後は改造後のものを追加してゆきたい。
なお、改造後のバックフォーカスの移動は、CCDの取り付け面を切削して合わせていった。マイクロメーターで測定しながらの作業であったので、だれにもお薦めできる改造ではない。これを行わないと無限遠のフォーカスは合わないことになる。加えて、改造後の通常の撮影は、ケンコーの近赤外カットフィルターDR(Type-Aが良い)をレンズ前面に装着することで可能であったが、若干の色傾向の変動が認められる。

つづく